朝6時過ぎ。富士男さんを探しに行った。富士男さんは居なかった。

午後に富士男さんを探しに行った。

昨日、富士男さんを見た畑の持ち主、Fさんの家に行った。

「昨日、おたくの畑で2カ月ぶりに富士男さんと呼んでる猫を見ました。けがをしている白と黒の猫です。」

「そうなのよ。10日ぶりに見たわ。けがしているのは知らないけど。ここのところ見てなかったのに・・・。」

「S井さんが出て行く2週間ほど前から餌やりを見ていたのですが、あの猫はS井さんの所では見ませんでした。この辺りから、Mさんの家の下あたりで見るようです」

「猫は悪さするから困るのよ。ほんとに困ってるわ。」

「富士男さん、2か月ちょっと前に見たの時から怪我をしていて、その怪我が酷くなっていました。どうするか、今考えています。猫に詳しい友達に写真を送ってます。彼女が動物病院の先生に訊いてみるそうです。薬をあたえたり治療をするにしても、2~3週間は餌をあたえたりして警戒を取って、手なずけなくてはいけないので、Fさんの畑にいるのであれば、はいってもいいですか。」

「そういう事なら、入ってくださって構いませんよ。」

「あの猫は、この辺りに居るので、治療をしたとしてもこの辺りに戻します。ほかのエリアに戻すと、動物遺棄で犯罪になりますので。」

「え?それは困るわ。ここに戻すのだけはやめてちょうだい。私ももう体が元気じゃないから何も出来ませんから。」

「でも、わたし達もS井さん猫で、手いっぱいなので、富士男さんはここに戻すしかありません。」

「けがの治療費くらいはと思っていたけど、それで金輪際終わりにしてほしいの」

「治療費出してくださるんですか・・・でも、ここに戻すしかないんです。この地域にいる猫ですから。私もどうしていいか解らないんです。だから、それぞれの妥協点を模索するんです。友人にも相談してみます。」

ご近所のYさんから電話があったのでYさんの家によりコーヒーとお菓子を頂いた。

子供の夏休みの自由研究を見せてもらった。

「地域猫への取り組み」

 

Yさんの家を出て少し歩くと、Nさんの車の下に富士男さんがいた。

持っていたお皿に餌を入れて、富士男さんの前に置いた。

富士男さんはなかなか食べてくれなかった。

首元の傷は、近くで見るとかなり酷かった。やっと餌を食べ始めてくれた。だけど、そこは誰かの私有地。お皿を持って移動させたら、富士男さんは食べなくなった。ほかの猫たちも寄ってきた。

富士男さんは2か月ちょっと前よりかなり痩せていた。

「富士男さん、食べて。お願いだから。」

富士男さんはある空き家の玄関の塀に上った。

「富士男さん、食べて・・・お願いだから、食べて・・・」

お皿を置いたけど食べない。

餌を直接塀の上に置いてみた。

 

 

少しだけ食べて、餌から離れた。

 

富士男さんは、誰かの餌を横取りすることもなく、いつもじっと静かに見ていた。

あの頃、S井さんが出て行く頃、餌をあげてはいけない。餌をあげる事が悪い事とされていたので、私はS井さんが餌をあげていた猫を対象に避妊去勢の手術をするために餌をあげて、警戒心を取ろうとしていた。富士男さんはS井さんの餌やりで見た事が無かったので対象ではなかった。

私は、猫がかわいそうとか、助けたくて始めたんじゃなくて、「誰かが悪い」「猫が悪い」という人たちの言葉を聞くのが嫌だったから。その「誰か」は「S井さん」で、S井さんの猫とNさんの庭によくいる猫を対象にしていた。

時々しか見かけなかった富士男さんは対象ではなかった。

全部の猫をやれるわけではない。下手に手を出したら、猫にえさをあげていた私が悪い、と言われるかもしれない。私も手一杯だった。全く余裕がなくて、苦しかった。どうしていいか解らなかった。

だから、ケガをしていた富士男さんを対象から外した。

富士男さんのケガはひどく、すごくただれてる。そこに蚊が止まっていた。

ごめんね。ごめんね。って言っても、私にもどうしようも出来なかった。

今もどうしていいか解らないし、私にはどうしようもできない。

治療して、避妊去勢の手術をして・・・ここに戻す。

「猫の保護活動」というのをしている人に、保護してもらう?

この町の猫の事で、やってもらう事ばかりで、頭が上がらない。私はそれがとても辛いし、苦しい。とても苦しいんだ。

ここの地域、ここの人たちで解決しなくてはいけない。

猫の保護活動をしている人たちはどこももう手いっぱいだ。

 

富士男さんは、多分、オスじゃなくてメス。

だけど、「富士男さん」。

矢野顕子がカバーした歌で「ニットキャップマン」っていう歌があってね。ホームレスのオジサンの事を歌った歌なんだけど、素敵な歌なんだ。

「常田富士男にそっくりなので、ぼくは富士男さんと呼んでいた」

その猫を見ていたら、なんでか、その歌を思い出すから、ぼくも富士男さんと呼ぶ事にした。